CGNでは、海外のNGOの活動現場を経験してみたいという人のために日本人インターンを受け入れてきました。
環境教育を外国で実践してみたい人、山岳地方に住んで先住民の暮らしを知りたい人、将来、観光関係で就職することを考えていて山岳地方のツアーを企画してみたい人、コーヒーが好きで栽培現場で経験したい人、将来、海外か田舎に移住してゲストハウスを運営したい人。。。。など応募の理由はそれぞれです。CGNではインターン志望者の「夢」や「能力」考慮して、ここでしかできない活動現場を提供しています。期間は基本3カ月以上。お気軽にお問い合わせください。
インターン体験ブログにインターンの人たちの経験がアップされています。
インターンの応募方法は、こちらをご覧ください。
***
CGNでのインターン経験を生かして新しい世界に旅立っていったインターンたちを紹介します。みな、フィリピンでの経験を生かし、フィリピンとどこかでつながりながらさまざまなステージで活躍しています。
東京外語大学でフィリピン語を専攻。最初からフィリピン語を話すインターンは久々だった。イロイロ島でのインターン経験、マニラのフィリピン大学での短期留学経験を経てバギオ入りしたこともあって、すでにフィリピン社会に馴染んでおり、日本人スタッフがいなかったCGNで即戦力として大活躍をしてくれた。
人見知りせず、物おじせずに新しいことに挑戦を続けたのは、それを許容するフィリピン人とその社会の包容力に対する理解と信用が、インターン開始時からあったからであろう。
インターン期間が1月から7月で、コーヒーの収穫から精選加工、そして輸出の手続きなどをすべて経験できるいい時期であったことから、コーヒーに関する知識はほぼゼロでインターンに臨んだが、生産地でしか経験できないコーヒーに関するかなりの知識を得ることが出来たと思う。帰国時にはコーヒー生豆を購入して持参し、学園祭で販売する予定ということで、スペシャルティコーヒーのイベントに参加したり、自家焙煎店を訪ねたりと日本国内でも学びを継続している。
インターン中には「野鳥がつなぐ持続可能なコーヒープロジェクト」でインドネシアのコーヒー農家との交流プログラムがあったが、それにも参加してインドネシアのコーヒー農家との交流も体験した。帰国後のインドネシア訪問にも自費で参加し、記録やブログ執筆などで貢献してくれた。
また、愛知EXPO20周年記念イベント「愛・地球博20祭」に、CGNが指導してきた環境演劇が招待されたことから、その演劇グループのリハーサルなどにも参加。役割はコーディネートとされていたが、フィリピンから参加する中高生たちの演劇メンバーに乞われ、「怪しい中国人」という役柄でステージに立つことになった。持ち前の度胸の良さで怪演技で初舞台を終えた。また演劇チームで唯一の日本人として、伝統芸能のステージでのMC、や小学校でも交流プログラムも、ほぼぶっつけ本番でやり遂げた。
伊原の前向きに挑戦する姿勢と、しくじっても笑いながら立ち直るしなやかさ、思ったことを行動に移し実行力は天晴だった。周りを気遣い、自分の動き方を考える力も、さまざまな人たちを作っているプロジェクトの中で育っていったと思う。
参加したたくさんの活動で出会ったフィリピン人やインドネシア人などすべての人に、持ち前の明るさと素直さで愛された。フィリピン語のうまさもあって、先住民のコミュニティの人たちともすぐに打ち解け、演劇グループの日本ツアーでは小中高生たちには姉的な存在として慕われた。ツアーを率いたCGNのフィリピン人スタッフは滞在を延長して日本を短期間、旅したが、伊原はそれにも同行し、通訳やガイドとして大変な力になってくれた。一行を空港に送ったとき、タフなフィリピン人スタッフが妹との別れを惜しむかのように涙したという逸話も伝え聞いている。
CGNのインターンブログや、シサムコーヒーコラムにもたくさん寄稿してくれた。大学生向けのスタディツアーのオリエンテーションではフィリピンのコーヒー事情の紹介のパートも担当した。オンラインで公開される場で書いたり、知らない人の前でプレゼンを行うことで、経験したことを整理しまとめ、表現する力も大きく進歩した。
甘い容姿とは裏腹のしっかり者の立命館大学国際関係学部生。アメリカ短期留学を経て、ぽっかり空いた3カ月をどこかでインターンしたいと、突如CGNに現れたつわもの。以前、バギオ市内の英語学校に留学した経験があり、大好きなバギオに暮らしてみたかったというのが、インターン先をバギオに定めた理由だそうだ。行動力も抜群で、学んでいた英語学校の先生たちとも更なる親交を深め、英語力も着実にアップ。たった3カ月の間に、4回の収穫ツアーの企画・催行を含め、ゲストハウス運営マニュアルの改訂など、多くをこなしていってくれた。
井澤友紀乃さんのインターン体験ブログ(まとめ)➡
ベトナムで行われている海外ビジネス研修武者修行を経て、金沢大学を休学して半年間CGNインターンとして滞在した。自然システム学類というCGNインターンにしては珍しい理系出身。インターン中は英語力アップのために語学学校にも通学。芯がしっかりしていて、与えられた仕事は徹夜してでも仕上げる頑張り屋さん。2019年度のCGNインターンは、大正時代からタイムスリップしてきたいみたいな高橋侑也をはじめ、歴代最年長インターンのツヨシさん、ばりばりの元看護婦さん、若干20歳の才媛・北川美乃里などなど、個性豊かな短期長期のインターンさんがそろっていて、ゲストハウスTALAでの彼らとの同居生活でかなり鍛えられたかも。
まにら新聞発行の「ナビマニラ」の連載記事のためには、手弁当でアブラ州やマニラまで一人で足を延ばして取材をした。試行錯誤しながら企画・広報・催行・報告までをこなした植林ツアーでも大きく成長。帰国後は復学し、JICA北陸インターンに挑戦するなど精力的に活動中。
石黒歩さんのインターン体験ブログ「インターン生活を終えて」➡
石黒さんのインタビュー「大学時代に長期間取り組むこと【留学×インターン】」➡
2018年ー2019年度インターン。東京農業大学在学中にフィリピン旅行でバギオを訪問し、CGNの活動に数日間ボランティアで参加。卒業後の進路を迷っていたが、アメリカ留学を経て、CGNのインターンとしてフィリピンと北ルソンの山岳民族の暮らしにどっぷりはまってみるという選択をし、たっぷり1年間滞在する。師匠について学んできた写真の技術を生かし、彼ならではの視点で山岳地方の人や文化を切り取った。バギオの隣町を拠点とする写真&ビデオ制作プロダクションのスタッフや、山岳地方を慰霊に訪ねてきた日本人アーティストとも親しく交流し、ともに山奥深くのコミュニティにも足を延ばし貴重な経験を得た。
CGNが2019年夏に企画・催行した愛知県立大学のサークルRaffメンバーを対象としたスタディツアーは「第二次世界大戦の記憶を辿る」をテーマとしたものだったが、高橋はルソン島北部における第二次大戦をテーマに入念なリサーチをし、参加の学生たちを引っ張った。
まにら新聞発行の情報誌「ナビマニラ」にはインターン期間中、しばしば写真と記事を掲載してくれた。2019年12月発行号では巻頭特集の「日系人が残した記憶 ルソン北部の建築群」のための取材を担当。1年間の滞在の集大成となる素晴らしい記事と写真を残してくれた。帰国後は神奈川県を拠点に写真家を目指して精進の毎日。
2018年度インターン。ベトナムで行われている海外ビジネス研修プログラム武者修行のファシリテイターの加藤大吾さんからの推薦で、関西学院大学を休学して9か月間インターンとして滞在した。持ち前のものおじしない明るさで、環境教育、コーヒー栽培事業などなど積極的にCGNのあらゆるプログラムに参加してくれた。滞在中は語学校にも通い、語学力アップにも邁進し、実り多いバギオ滞在となった。滞在中に実に多くの友人たちが彼女を訪ねてバギオにまでやってきた。その数はインターン歴代一位間違いなし。人望のなせる業か?
帰国が迫った2018年10月にコーディリエラ山岳地方を襲った台風で、山岳地方のコミュニティが土砂崩れや農産物被害を受けた際には、「あすへの種」と題したプロジェクトを立ち上げ、自らのネットワークで寄付を募って農家が自力で復興を行えるようにサポートした。その様子はまにら新聞にも掲載された。
2020年大学を卒業しアミタ・ホールディングスに就職。CGNでの経験を活かし、環境保全にかかわる仕事での活躍が期待される。
古城日向子さんのインターン体験ブログ(振り返り)「日本は寒いよ~」➡
2017年インターン。立教大学観光学部交流文化学科在学中に、
2016年インターン。立教大学観光学部在学中、1年間休学。大学ではアジア寺子屋という国際交流を目的としたサークルに所属し、コーディリエラ地方に位置するイフガオ州や、キリノ州に毎年3週間ホームステイを体験した。その活動の一環としてCGNによるスタディツアーに参加したのがCGNとの出会い。その中で得た、ただ楽しいだけでない、自分の価値観をひっくり返されるようなディープな体験が忘れられず、そのような体験をぜひもっと多くの人と分かち合いたいと思い、CGNインターンへの応募を決意。来比後はバギオ市内にある英語学校に3か月通い、その後CGNインターンへ。今はTALAゲストハウスに住み込み日々様々なゲストと出会いながら、バギオに来ている留学生に、もっとバギオを、そしてフィリピンを楽しんでもらうべく、日帰りのスタディツアーや国際交流イベントの企画に奮闘してくれた。大学卒業後はインバウンドを対象とする観光関係の仕事に従事している。
オーストラリアに1年間留学していた生田愛は、授業で学んだ発展途上国の現状を自分の目で確かめたいとCGNのインターンに応募した。コーディリエラ・グリーン奨学金で学んでいる学生の家庭を訪問してインタビューし、先住民族の暮らしの厳しさと豊かさを体感。3カ月と短いインターン期間だったが、滞在していたゲストハウスTALAを舞台にたくさんの国際交流プログラムを企画。失敗を繰り返しながらも、自分で考え行動する力を身に着けた。バギオ市の日本文化好きのグループとも積極的に交流して、一生の友人たちと出会った。
インターン期間の最後のスタディツアーには、温泉町でお饅頭屋を営むお父さんも合流。お父さんは帰国後、CGNの事業で育てたコーヒー豆をシサム工房から仕入れ、手焙煎に挑戦。腕を磨いた今、オリジナル・コーヒーとしてお饅頭屋さんに新しく作ったカフェ「翁珈琲」で提供している。
生田愛のインターン体験談はこちら。
CGNでは数年に一度アジア学院からの卒業生をインターンとして受け入れてきた。2016年インターンの山邊温子は元生協の職員。退職後、アジア学院でみっちりと、アジアやアフリカの人たちと肩を並べて持続可能な有機農業を学び、「いかにしてアジアの国で有機農業の技術を普及しているか?」を知るために、CGNの現場を体験しにインターンとして来比した。インターン期間がちょうどスタディツアーが多く開催されている時期でもあり、その準備、企画、通訳などで、農場だけでなく演劇ワークショップにまで、参加してくれた。帰国後、広島に移住し、平和文化村の活動に参加したのち、岡山で家族とともに農のある豊かな暮らしを実践中。
山邊温子のインターン体験記はこちら。
バギオ市の英語学校で学び、オーストラリアのアデレード大学に交換留学で1年。帰国後、法政大学人間環境学部を卒業。海外就職を目指してシンガポールなどで就活するも失敗。再び人生仕切り直しにバギオに戻ってきた。2015年、CGNは青年海外協力隊の50周年記念映画「クロスロード」コーディネイトの仕事が入って、日本語―英語の通訳が足りなかったため、通訳スタッフとして撮影隊に参加して大活躍。その後、CGNインターンとして、英語力を生かしてワークショップでの通訳やスタディツアーの企画・アテンドなどの現場を学んだ。すっかりフィリピンが気に入って生活の場をフィリピンに持ちたいと思い始めるが、マニラでなくできたら北ルソンで暮らしたい。。そんな時に、ルソン島中部のヌエバ・ビスカヤ州で農業事業を展開しているNPO法人「GLMi」がスタッフ募集。フィリピンでの滞在経験とCGNでのインターン経験で、見事採用され、フィールド・スタッフとしてソラノ市に2年滞在した。
加藤将広のインターン振り返りはこちら。
CGN初の高校生ボランティア。静岡県の清水東高校在学中に、将来国際協力の仕事に就くことを目指して、静岡の国際交流協会に相談に行き、CGNを紹介されたそう。親を説得し、バイトして資金をため、2015年春休みを利用してひとりフィリピンまでやってきた。短期インターンだったこともあり、孤児院でのボランティアなどを中心に活動したが、なにもかもが衝撃だったよう。帰国後、フィリピン・コーヒーのオリジナル製品化などのプロジェクトを開始し、お金のない高校生でもできる国際協力活動にトライしてくれました。その後、迷いなく九州・別府の立命館アジア太平洋大学(APU)に入学し、たくさんのアジアの学生たちとともにアクティブな大学生活を終えて社会人に。エシカルインフルエンサーとして活動。
高校生らしい素直な衝撃のフィリピンでの経験談はこちら。
立教大学文学部卒。大学時代はPRCというフィリピンとの国際交流を目的としたサークルに属し、コーディリエラ山岳地方のサガダなどに何度か滞在ホームステイ。あたたかく、明るく、おおらかなフィリピン人気質にすっかり魅せられ、アジアと日本をつなぐ仕事をしたいと一年発起。日本語教師の資格を取り、青年海外協力隊の日本語教師としてタイのトランで2年経験を積んだのち、2014年6月からCGNのインターンを務めた。将来は世界のどこかでゲストハウスをやるのが夢!で、CGN事務所と同じ建物の中にあるゲストハウス「TALA」の仕事を中心に8カ月インターン滞在を忙しく過ごした。帰国後、移住先を探して旅をし、神奈川県の真鶴に拠点を定め、パートナーと一緒に、「真鶴出版」という小さな出版社と夢のゲストハウス運営を始めている。
2013年下半期のインターン生。CGNの長年のパートナー団体「キープ協会」から修行のためにやってきた村田君。慶応大学卒業後、経営コンサルティング会社に就職するもののリーマンショックで休職。新しい世界を求めてオーストラリアで英語留学とワーキングホリデー。レストラン、農家、ワイナリーとさまざまな経験をし、使える英語もバッチリ身につけて帰国。英語を生かす仕事を求めて、地元、北杜市清里のキープ協会の門戸をたたき、国際交流部でインターン。清里が雪に閉ざされる冬季に「海外の現場を見てこい」とボスに背中を押されて、 CGNのインターンに。臆せず誰にでも話しかける積極性と、なんにでも挑戦する行動力、そして英語力で、CGNの大きな力になってくれた。2014年4月からキープ協会の正職員に採用。村田君のコーディネイトでキープ協会はCGNからは毎年2人の研修スタッフを受け入れてくれている。
村田一樹のインターン振り返りブログはこちら。
2013年上半期のインターン。都留文科大学を休学してインターンに。関心は環境と演劇。富良野塾で2年半演劇を学んだ経験あり。東京都美術館アートコミュニケーター「とびラー」1期生。高知のニラ農家出身。バギオに来て、高知とベンゲット州が姉妹都市関係にあることを知り、高知の実家にほど近いニラ農家に研修に行った(あるいはこれから行く)という若者に多数遭遇し、世界の狭さを実感した。演劇にとどまらずアートをこよなく愛し、アートで世界と暮らしを変える道を探るべく来比を決意。事務所のあるTALAに住み込み、さまざまな雑用をこなしながら、日本人対象のスタディツアーやワークショップのすてきなチラシ制作にアートの才能をいかんなく発揮してくれた。
2007年に8ケ月インターンを務めた山本勇樹は、帰国後、縁あって青森県六ヶ所村の「NPO東北あしたの森」の事務局長として10年近く活動した。NPOの資金調達のため、青森ではフェアトレードコーヒーの焙煎技術を修得し販売を行う。2017年、あしたの森の活動休止に伴い、活動拠点を国分寺のカフェスローに移す。カフェマネージャーとしてイベントの企画など、人々を結び付け、地球のためになることを、地道に継続している。その後、地域起こし隊で鹿児島に移住。新天地で今までの経験を生かす活動を継続中。
「東北あしたの森」のブログはこちら
六ケ所村の山本氏(一番左)
2008年に静岡県立大学を1年休学し8ケ月滞在していた松野下琴美は、帰国後、大学に復帰し卒業後、決まっていた就職をキャンセルして、こちらで滞在中に山の子供たちに描いてもらった「未来予想図」展を各地で開催。グリーンな政治家の応援スタッフや地元静岡の野菜の台湾での販売プロジェクトなどをフリーでこなしながら、静岡の間伐材を使い森を守ろうという環境団体「SOMAプロジェクト」を仲間と立ち上げた。
その後、海外就職専門の人材派遣会社に、海外就職を目指して面接に行ったところ、その会社から「うちで働かないか?」とスカウトされて就職。ライフワークのアジアと日本のネットワーク作りを「環境」から「仕事」にテーマを変えて実践中。
2012年のインターン。大阪・中崎町のミニシアター「AMaTo天然芸術研究所」のマネージャー、プロデューサーとして活動の傍ら、フリーで役者やシンガーとしても数多くのステージに立ってきた。結婚を契機に田舎への移住を決意したが、その前に新婚旅行としてバギオでの英語留学を選択。せっかくの機会なので長期に滞在し、英語だけではなく、いろいろな体験しようと、妻を英語学校に残したままCGNインターン生に立候補。日本での社会人経験を生かしてCGN活動の大きなサポートをしてくれた。帰国後、広島県尾道市向島で移住し、すでに4人のパパ。子育てをしながら、CGN日本事務局長として活動をサポートしてくれている。2018年アート・ファシリテイターとしてバギオとイフガオ再訪、2024年にはプロジェクトの視察でバギオ市とタジャン町を訪問した。
イフガオ州バナウエの教員向けのワークショップでクロッキーのモデルを務める
2010年の夏休みインターンとしてやってきた山下彩香は、その後在学中の大学院の修論のための研究・調査もコーディリエラ地方の小規模鉱山採掘エリアで行い、先住民の暮らしや文化の魅力にどっぷり浸る日々を送った。コーディリエラでの滞在を延期し、とうとうカリンガ先住民族の竹細工の技術を生かしたアクセサリーなどのブランドユニットduo EDAYAを立ち上げ、海外での女性起業家の代表として日本とフィリピンを行き来しながら大活躍中。また、アメリカ・ハーバード大学デザイン大学院にて修士課程を修了。現在も同校の博士課程にて、サウンドスケープの研究に取り組む。